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京都地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決 1980年10月24日

原告 伊藤孝

被告 伏見税務署長

訴訟代理人 細川俊彦 大橋嶺夫 橋本敦 信田尚志 外四名

主文

被告が原告に対し昭和四九年一〇月二六日付でなした原告の昭和四八年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について、

総所得金額         三七八万〇七〇五円

分離長期譲渡所得金額 一億二三九六万二七〇二円

納付すべき税額      一七三八万九四〇〇円

と確定申告し、その後昭和四九年九月九日付で、

総所得金額         三七八万〇七〇五円

分離長期譲渡所得金額 一億二三九六万九二八二円

納付すべき税額      一八六二万一九〇〇円

と修正申告した。

2  被告はこれに対し、同年一〇月二六日付で、

総所得金額        五五七四万六〇五六円

分離長期譲渡所得金額   二四六三万八五八〇円

納付すべき税額      三三六三万七九〇〇円

とする更正処分及び

過少申告加算税額       七五万〇八〇〇円

とする賦課決定処分をした(以下、前者を「本件更正処分」、後者を「本件賦課決定」、両者を合わせて「本件処分」ともいう。)。

3  原告は、昭和四九年一二月二七日付をもつて被告に対して異議申立をし、さらに昭和五〇年五月一日付をもつて国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は昭和五一年一〇月五日付をもつて審査請求を棄却する旨の裁決をなし、原告は同月二九日その通知を受領した。

4  しかし、原告が分離長期譲渡所得金額として申告した一億二三九六万九二八二円のうち一億〇九八二万一七九一円は、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件農地」という。)の耕作権を特定住宅地造成事業等のために譲渡した対価であるから、これについて租税特別措置法(昭和四九年法律第八号による改正前のもの、以下「措置法」という。)三一条の長期譲渡所得の課税の特例(分離課税の特例)規定及び同法三四条の二の特定住宅地造成事業等のために土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除規定を適用すべきであるにもかかわらず、被告はこれらの規定の適用を認めず、所得税法二二条に定める総合課税方式を採用して右のとおりの処分をしたものであるから、本件処分は違法である。

5  よつて、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3はいずれも認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

1  原告は、小西栄、小西恒夫及び小西貞子(以下「栄ら」という。)の共有にかかる本件農地を農地法三条所定の許可を受けずに管理耕作していたものであるが、昭和四八年八月、栄らが本件農地を京都市土地開発公社へ譲渡するに際し、栄らから一億〇九八二万一七九一円(以下「本件離作料」という。)を受領した。これは以下は述べるとおり措置法三一条にいう「土地の上に存する権利」を譲渡した対価ではなく、一次的には雑所得、二次的には一時所得、三次的には譲渡所得に該当するものであるから、これについて措置法三一条、三四条の二の規定を適用せず、原告のその余の所得と合算して総合課税した本件処分に何ら違法はない。

(一) 措置法三一条は、土地の譲渡を促進するため、所得権を制限する物権ないし賃借権を譲渡ないし解消するときに権利者が取得する利益に対しても、土地所有権者が土地を譲渡して取得する利益に対してと同様の税法上の特典を与えることが必要であるとの観点から昭和四四年に改正されたものであるが、この立法趣旨からして、同条にいう「土地の上に存する権利」とは、土地を直接占有することを内容とする権利であつて、その解消にあたつて権利者が正当な対価を要求し得るものを指しているというべきである。

ところで、農地法三条は、農地の上に権利を設定し、もしくはこれを移転する場合は、都道府県知事ないし農業委員会の許可を要するとし、許可を得ない権利の設定もしくは移転は私法上効力を生じないと規定する。そうすれば、農地に関しては、措置法三一条の「土地の上に存する権利」とは、本来、その設定もしくは移転に際して、農地法三条の許可を受けている永小作権、地上権、賃借権等を予定していたというべきである。

(二) 原告が本件土地を耕作するようになつた経緯は次のとおりである。

原告は、昭和九年ころ(原告が満四歳のとき)、母伊藤ツルに従つて、同女の実兄である小西重太郎(以下「重太郎」という。)方に移り、同人から一切の生活の援助を受けることとなり、その後、長ずるに及んで重太郎の農業の手伝いに携わるようになつた。重太郎は昭和三六年八月二七日狭心症により死亡したが、当時、同人の相続人である妻の栄は病気がちで健康にすぐれず、また、長男の恒夫は満一九歳に達していたとはいえ大学への進学を希望して勉学中であり、長女貞子は小学六年生にすぎず、重太郎の相続人には耕作に専従できる者がいなかつた。そこで結局、小西家及び原告の生計を維持するには、原告が主体となつて本件農地を管理する傍ら、引き続き耕作することとならざるを得なかつた。

このように、重太郎の生前には、原告は同人の使用人として本件農地を耕作していたのであるから、本件農地に対して何らの権利を取得する余地はなく、本件農地を原告自らの責任で耕作するようになつたのは、重太郎の死亡後ということになる。

(三) ところで、地主が永小作権、賃借権等を設定する場合には、相手方からその対価を少なからず取得するのが通例であるが、本件では、栄らが原告に対して本件農地の耕作を許諾した時点で、この見返りとして、金品を受領したことは一切ない。

また、重太郎の死亡した昭和三六年は、日本の経済がいわゆる高度成長に入り始めたころで、これに伴つて都市近郊農地の地価も次第に上昇し始めた時期である。年を経るにつれて、都市近郊農地の価格はいよいよ高騰し、近郊農家は、農地として土地を利用している限り、低額の固定資産税を課せられるにすぎないために、一応耕作はしつつも、機会を見て農地を売却して多額の利益を得ていたことは顕著な事実である。したがつて、栄らが、現実問題として、自らの手に占有を奪回することを半永久的に不可能ならしめるような永小作権ないし賃借権の設定を原告に対してしたと考えることは、余りにも経済観念を忘却した行動というべきである。それ故、栄らが原告に対して、本件農地について賃借権を設定したと考えるのは理不尽である。

そうすると、栄らの真意は、将来本件農地を処分するようなことになるまで、あるいは恒夫が自ら耕作に携わるようになるまで、原告に対して原告が主体となつて本件農地を管理する傍ら耕作することを委ね、その代償として、本件農地からあがる収穫は原告が収得することを認めることにあつたものの、本件農地そのものについて原告に対して積極的に永小作権ないし賃借権等の権利を付与することにはなかつたというべきである。

(四) 以上のとおり、栄らは原告に対して、永小作権ないし賃借権等の権利を設定したことはなく、したがつてそもそも原告が本件農地について「土地の上に存する権利」を取得したことはない。そうすれば、原告が栄らの本件農地の譲渡に際して栄らから受領した本件離作料の税法上の性格は、原告が本件農地の管理によつて事実上得ていた利益を補償する意味から、あるいは管理に対する報償として支払われたもので、雑所得に該当するものである。仮にそうでなくても本件離作料は、本件農地からの立退料として支払われているもので、一時所得に該当する。また、右いずれにも該当しないとしても、譲渡所得に該当するものである。

2  以上によれば、次のとおり、原告の本件係争年分における総所得金額は一億一三六〇万二四九六円(二次的には五八四九万一六〇〇円、三次的には五五七四万六〇五六円)、分離長期譲渡所得金額は二四六三万八五八〇円であり、本件処分は右範囲内でなされているから適法である。

(一) 総所得金額

以下の配当所得、事業所得、給与所得及び雑所得(二次的には一時所得、三次的には譲渡所得)の合計額である。

(1) 配当所得金額  三四万円

原告の修正申告による金額である。

(2) 事業所得金額   六万三〇八〇円

原告の修正申告にかかる農業による所得の金額である。

(3) 給与所得金額 三三七万七六二五円

原告の修正申告による金額である。

(4) (一次的主張)

雑所得金額  一億〇九八二万一七九一円

計算方法は次のとおりである。

(収入金額) (必要経費) (所得金額)

109,821,791円-0円=109,821,791円

(二次的主張)

一時所得金額 五四七一万〇八九五円

計算方法は次のとおりである。

(収入金額) (必要経費) (特別控除額) (所得金額)

(109,821,791円-0円-400,000円)×1/2=54,710,895円)

(三次的主張)

譲渡所得金額 五一九六万五三五一円

計算方法は次のとおりである(但し、概算取得費は原告の修正申告にかかる金額である。)。

(収入金額) (概算取得費) (特別控除額) (所得金額)

(109,821,791円-5,491,089円-400,000円)×1/2=51,965,351円)

(二) 分離長期譲渡所得金額 二四六三万八五八〇円

原告が本件係争年分において城陽市大字寺田小字樋尻一八番の田(持分一〇分の一)を譲渡したことによる所得であり、原告の修正申告にかかる金額である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、原告が栄らの共有にかかる本件農地を耕作するにつき農地法上の許可を受けていなかつたこと、栄らが昭和四八年八月本件農地を京都市土地開発公社へ譲渡するに際し、原告は栄らから一億〇九八二万一七九一円を受領したことは認め、その余は争う。

以下に述べるとおり、原告は、本件農地に関して農地法所定の許可を得ていないとはいえ、未許可の耕作権(小作権)を有していたものであり、本件農地売却に伴なつて原告が受けた本件離作料は、措置法三一条にいう「土地の上に存する権利」の譲渡の対価であつて、同条及び同法三四条の二の適用を受けるものである。

(一) 農地法の目的は、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護し、並びに土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ること」(同法一条)にある。この目的からいつても、原告のような未許可耕作者に対して一切の権利、一切の財産的価値を否定することは法の本旨とはいえない。原告は、未許可とはいえ社会的事実として本件農地に関する耕作権を有していたのであり、それ故に本件農地の売却に際して右耕作権の譲渡の対価として本件離作料を収受しているのである。

そして措置法三一条の改正趣旨が、宅地の大量の供給を図ることを目的とし、農地等の土地譲渡を容易にするというところにある以上、本件のように農地所有者の他に未許可の農地耕作者が現実に農地を耕作している場合には、この農地耕作者の同意なしに宅地化することは実際には困難なことであるから、農地法所定の許可の有無にかかわらず、措置法三一条にいう「土地の上に存する権利」にあたり、分離課税の恩典に浴してしかるべきである。

しかも、我が国の農村においては、永小作権の設定に際して農地法所定の許可を得るという社会慣行は一般的に存在せず、多くは、当事者の合意と農協関係、水利組合関係の名義変更手続のみで、永小作権が設定されている。これが農村一般の法意識であり、社会意識である。

そして、農地の耕作権を有する者は、農地法の許可を得ないままで、右耕作権を譲渡し、土地の売却価格の四〇ないし五〇パーセントの金員をその対価として取得してきたものであり、その所得申告にあたつては、分離課税の適用を受ける所得として申告してきた。

(二) この申告に対して、分離課税にする場合と総合課税にする場合のばらつきが発生したために、国税庁長官は、昭和四九年九月二八日、転用未許可農地等の譲渡所得に措置法三一条の適用がある旨の通達(昭和四九年直資三―四等による改正後の昭和四六年直資四―五等「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱について」三一・三二共―一の二、以下「本件通達」という。)を発した。

ところで、国税庁長官には法律制定権はなく、したがつて本件通達により課税基準が変更されたと考えることはできず、右通達の前後にかかわらず措置法三一条の解釈は同一であるべきであり、右通達は現実に存する解釈の地域的ばらつきをなくし、課税の画一性をはかつたにすぎないものである。したがつて、本件更正処分時にも、措置法三一条の解釈は右通達と同一に解すべきである。

(三) また、実際の事例において、本件のような未許可の耕作権譲渡の対価が措置法三一条の適用を受けるものとして処理されている。

例一 土地耕作権者 山田瀧夫

土地所有権者 弘田實

物件     伏見区醍醐池田町二五―一

田一八七一平方メートル

売買契約   昭和四七年二月四日

代金     二八三二万六九四〇円

耕作権の対価 一一三三万〇七七六円

率      四〇パーセント

所轄     伏見税務署

処理     耕作権の離作料として申告し、分離課税で、かつ、特別控除を受けて無税

例二 土地耕作権者 高安きぬ外一名

土地所有権者 高安新蔵

物件     伏見区醍醐大畑町二五―一

田四九〇五平方メートル外田四筆、溜池一筆、山林二筆

売買契約   昭和四七年九月八日

買主     京都市住宅供給公社

代金     一億二四八〇万五六〇〇円

耕作権の対価 六一四六万六八〇〇円

率      約五〇パーセント

所轄     伏見税務署

処理     措置法三三条の適用を受け分離課税

以上の例は、伏見税務署での取扱いの一部であり、いずれも農地法所定の許可のない耕作農地であるが、右農地の売渡しによる離作料として売買代金の四〇ないし五〇パーセントの金員を取得し、これがすべて措置法三一条の適用を受ける所得として処理されている。このように、本件と同種の事例でありながら措置法三一条の適用を受けているという事実は、課税の公平にも違背し、本件の扱いが如何に不当なものであるかを明らかにしている。

(四) 本件農地の耕作関係は次のとおりである。

(1) 原告は、昭和九年以降、母伊藤ツルとともに、同女の実兄重太郎方に引取られ、重太郎の農業を手伝つてきた。昭和三三年ころになると、重太郎は狭心症等のため農耕に従事できなくなり、代わりに原告がこれに従事するようになつた。重太郎は昭和三六年八月二七日死亡したが、その生前から原告に農業を引き継ぐよう言明していたところ、重太郎の死亡当時、同人の長男恒夫は勉学の身であり、重太郎の妻栄も健康にすぐれなかつたため、以後小西家の田畑は原告が主体となつて耕作し、その他小西家及び伊藤家の生計は原告が支えてきた。そして、原告は本件農地についての農業協同組合(以下「農協」という。)関係の名義を重太郎から自己へ変更していつた。

(2) 昭和四二年一〇月、右小西家の後継である恒夫が結婚して住居を新築し、それまで同一であつた小西家と伊藤家の生計が分離独立したが、このとき原告と栄との間で、本件農地に関し、以後本件農地を含む小西家所有の田畑を原告が小作し、年貢として米一〇俵(四石)と一万円を原告から小西家に支払うとの合意がなされ、ここに明確な小作関係が成立し、原告は水利組合、土地改良区の関係でも名義を自己に変更した。爾来、原告は毎年米一〇俵と一万円を栄に年貢として納めて本件農地を耕作してきたものであり、その間、本件農地の水利賦課金は原告がすべて負担し、昭和四七、四八年に本件農地が休耕田となつた際も、米生産調整奨励補助金、同協力特別交付金は原告が受領し(この事実は伏見区の農業委員、京都市農協も承認している。)、右金員で米を買い、小西家に納めてきた。

(3) 原告が、水利組合、土地改良区の関係で耕作名義を自己に変更しながら、農地法所定の許可を受けなかつたのは、耕作の実態、農協関係等の諸関係は従前と同一であつたためその必要を感じなかつたこと及び地域の雰囲気としても農協関係、水利組合の関係で名義変更すればよいという状況であつたことによる。

(五) 以上の実態をみれば、原告が耕作権を有する本件農地は、本件通達にいう転用等未許可農地に該当することが明らかである。

そして、本件離作料の支払は、農業委員会の勧告を受けて栄らとの間で協議解決のうえなされたものであり、その金額は、実質的にも、名目的にも耕作権解約(もしくは譲渡)の対価であり、したがつて、本件離作料による原告の所得は措置法三一条にいう「土地の上に存する権利」の譲渡の対価であつて、同条および同法三四条の二の適用を受けるものである。

2  被告の主張2の冒頭部分は争う。原告の本件係争年分における総所得金額及び分離長期譲渡所得金額は、先に述べた修正申告のとおりである。同2の(一)の(1)ないし(3)は認め、(4)は争う。

同2の(二)につき、被告主張の該土地の譲渡による分離譲渡所得金額としては認めるが、原告の本件係争年分における分離長期譲渡所得金額は、本件農地の耕作権の譲渡分をも含めた一億二三九六万九二八二円である。

五  被告の再反論

1  本件通達について

通達は上級行政機関が関係下級行政機関等を義務づけるものであるが、その効力の生じる時点は原則として当該通達が発せられた以降であり、本件通達は昭和四九年九月二八日に発せられ、昭和四九年分以降の所得税について適用されることになつているので、それ以前に生じた事象である本件にそもそも適用される余地はない。

このように解すると、通達の前後で法解釈の断層が生じることになるが、法規の改廃がなされないときにも、法の解釈は判例の変遷等にみられるように時を経るにつれ次第に変つていくものであり、少しも道理にもとるものではない。

2  原告主張の二つの事例について

原告主張の二つの事例は、いずれも農地調整法、農地法制定以前に耕作権が設定されているから、農業委員会等の許可がなくても適法に権利の設定があつたといえるものであり、また、小作料(例一の場合、昭和四二年ころから昭和四七年ころまで年三〇〇〇円、例二の場合は年約一石一斗の米)を負担していたのであるから、適法な耕作権設定事例と同種の場合にあたり、本件と事案を異にする。

3  原告主張の耕作関係について

(一) 原告は本件農地の管理を委託され、事実上耕作してきたにすぎず、地主らとの間に具体的な契約はない。

(二) 小作料支払の点は否認する。仮に毎年一万円支払われてきたことが認められるとしても、右金員はほぼ土地の固定資産税と同額にすぎず、到底小作権を設定して土地を使用させた対価と評されるものではない。

また、一〇俵の米は親族間の生活上の便益提供、相互援助に止まる。すなわち、幼少のころより長年受けた庇護、無償で重太郎方に居住させてもらつたという恩恵、兄弟同様の極めて親しい親戚関係等から小西家に対する謝礼として提供されたものであり、その提供の仕方も小西家が飯米がなくなる都度原告方に出向いてもらつていたにすぎない。

4  売買代金の四割を原告に渡している点について

栄らが小作権解消の際支払われる対価と同一の額を支払つたのは、<1>栄らと原告は長期間生計、苦楽をともにしてきたこと、<2>原告は重太郎の恩義に報いるため恒夫を大学に行かせるなど小西家に献身的に貢献してきたこと、<3>原告と栄らは親しい親戚関係を形成していること、<4>恒夫は鷹揚な性格であること、等の事実に照らし、栄らの好意によるものにすぎず、原告に小作権設定があつたことの証左とはならない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が栄らの共有する本件農地を農地法上の許可を受けずに耕作していたこと、栄らが昭和四八年八月本件農地を京都市土地開発公社へ譲渡するに際し、原告が栄らから一億〇九八二万一七九一円(本件離作料)を受領したことは当事者間に争いがないところ、原告は、本件処分には、本件離作料につき措置法三一条、三四条の二の規定を適用せず、所得税法二二条に定める総合課税方式を採用した違法がある旨主張するので、この点について検討する。

1  賃貸借契約の存在

まず、本件農地の耕作関係をみるに、原告本人尋問の結果真正に成立したと認める甲第二号証の一ないし五、第四号証、第五号証の一、二、証人小西恒夫の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和九年ころ(原告四歳のとき)母親伊藤ツルとともに、同女の実兄重太郎方に引取られて成長し、やがて重太郎の営む農業を手伝うようになつたが、昭和三二、三年ころになると重太郎は狭心症のため農作業に従事できなくなり、代わりに原告が主体となつて農業に従事するようになつた。

(二)  重太郎は、昭和三六年八月二七日死亡したが、その生前原告に対し、農業は重太郎の子恒夫には継がせず、原告がこれを継ぐよう言明しており、また、重太郎死亡当時、相続人たる同人の妻栄は健康にすぐれず、長男恒夫は大学受験のため勉学中であり、長女貞子もまた在学中であつて、原告を除き、重太郎の農業を継ぐ者がいない状態であつたため、原告が農業を引き継ぐとともに、以後小西方、原告方の生計は主として原告の獲得する農業収入で賄つていた。そして、原告はこのころ農協関係の名義を自己に変更した。

(三)  やがて、恒夫は、大学を卒業して就職し、昭和四二年一〇月、結婚のため家を新築して栄、貞子とともに新居に移り、ここにようやく小西方と原告方の生計は分離することとなつた。

(四)  これを契機に、原告と栄との間で、そのころ、本件農地等は従前どおり原告が耕作し、これに代え、小西方で年間に消費する米一〇俵、本件農地等の固定資産税にほぼ匹敵する一万円を年貢として小西方に供与するとの合意が成立し、爾後、原告は米一〇俵を区分して小西家のために保管し、小西家においてこれを随時引取り、一万円については原告が年末に小西方に持参して栄に支払つてきた。また、この時点で、水利組合、土地改良区の関係でも名義を原告に変更し、以後、小西家が原告の農業を手伝うことは殆んどなくなつた。

(五)  昭和四七、四八年には本件農地は休耕田となつたが、これによる米生産調整奨励補助金及び同協力特別交付金はすべて原告が受領し、原告はこれら補助金等により米を購入して小西家への米の供給を続け、このような状態は栄らが本件農地を売却する昭和四八年八月まで続けられた。

以上のとおり認めることができる。もつとも、右小作料支払の点につき、証人大橋一夫の証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙第一号証によると、被告職員大橋一夫が昭和四九年九月六日恒夫の妻規子から電話で事情を聴取した際、同女は小作料の支払がない旨述べたことが認められるが、前記証人小西恒夫の証言によると、規子は小作料の支払に全く関与していなかつたことが認められるので、これをもつて前記認定を左右するには至らない。また被告は、米一〇俵や一万円の供与があつても、本件農地耕作の対価とはいえないと主張するが、その額は原告主張の二事例について被告が主張する小作料の額を上回るものであるうえ、米一〇俵と一万円供与の約定が小西家と原告方の生計が完全に分離した時点でとり交わされ、原告は本件農地が休耕田となつた後もその供与を続けていたことは前記認定のとおりであるから、これらの事情に照らすと、これが本件農地耕作の反対給付であることを覆えすまでには至らないものというべく、他に前記認定を動かすに足りる証拠はない。

以上によれば、原告と栄らとの間で、昭和四二年一〇月ころ、本件農地について賃貸借(小作)契約が成立し、原告は耕作権(小作権、以下「本件耕作権」という。)を取得したものと認めるのが相当である。

2  本件耕作権の性質

農地の賃貸借設定については、農地法三条一項により都道府県知事又は農業委員会の許可がなければその効力が生じないところ、原告が右許可を受けていなかつたことは前述したとおり当事者間に争いがない。したがつて、原告は現実には本件農地の引渡を受けているが、本来本件農地の引渡を受け、使用収益することができないものであり、所有者である栄らからの返還請求があれば、これを拒み得ないものである。

しかしながら、栄らは、原告が本件農地を耕作することを承諾し、本件農地を売却するまでの六年間小作料を受領してきたものであるから、容易に本件農地の返還を受け得るものではない。

そして、原告は、農地法所定の許可を得ていない点を除けば、農協関係、水利組合、土地改良区の関係では自己に名義を変更しており、原告名義で米生産調整奨励補助金等を受領している。

次に、原告は栄らが昭和四八年八月本件農地を京都市土地開発公社に譲渡するに際し、栄らから一億〇九八二万一七九一円を受領したことは、前述したとおり、当事者間に争いがないところ、証人小西恒夫の証言及びこれによつて真正に成立したと認める甲第八号証によれば、右金員は農業委員会の指示により原告の本件耕作権の解消の対価として正規の離作料とほぼ同じ割合で支払われたものであり、本件農地の買主たる京都市土地開発公社においても、当然のこととして離作料等の支払による原告の本件耕作権の解消を了解していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

このように、原告の本件耕作権は、農地法所定の許可を受けないものであつても、賃貸借(小作)契約としては完全に成立し、原告は栄らに対し右許可の申請手続を訴求することもでき、右許可があれば賃貸借設定の効力も生ずることになるから、条件付権利ということができ、現実に耕作をしているものであるから経済的価値も認められる。

3  措置法三一条の適用の有無

ところで、措置法三一条の「土地の上に存する権利」とは、この規定が宅地化促進のために設けられたものであるところからみて、土地を直接占有することを内容とする権利であつて、その解消にあたつて権利者が正当な対価を要求し得るものと解されねばならず、少なくとも農地法所定の許可を受けた永小作権、賃借権がこれに該当することは明らかである。

しかしながら原告の本件耕作権は農地法所定の許可がなされていないものの、前記のとおり右許可を条件として効力が生ずる条件付権利であり、しかも経済的価値も認められるうえ、弁論の全趣旨によれば、農村においては、農地法所定の許可を得ないまま、小作関係が成立する事例が多く、その場合でも農村社会においては、許可を受けた小作関係と同様、一定の機能を果していることが認められ、現に原告は賃貸借契約により既に本件農地の引渡を受けて使用収益し、事実上耕作に必要な農協関係等の名義を変更し長年に亘つて小作料を支払つてきており、さらに本件農地の譲渡に際し原告の本件耕作権の解消の対価として、正規の離作料と同じ割合の金員が支払われているのであつて、以上のことを総合すれば、原告の有する本件耕作権も措置法三一条にいう「土地の上に存する権利」に該当するものというべきである。

被告は、本件離作料は、本件農地の管理によつて事実上得ていた利益に対する補償として、あるいは管理に対する報償として支払われたもので、雑所得に該当する旨主張するが、原告は本件農地を管理していたものでなく、賃借していたものであることは前記認定のとおりであるから、右主張は採用できない。

また、被告の二次的主張によれば、本件離作料は立退料に該り、一時所得に該当するとするものであるが、本件離作料は前記認定のとおり原告の本件耕作権の解消(資産の譲渡)の対価と考えられるので、この点の主張も採用することができない。

そうすると、原告は、本件耕作権を解消させるための対価として本件離作料を受領したものであるが、これは譲渡した場合と何ら択ぶところはないから、これによる所得は譲渡所得に該り、前記認定の「土地の上に存する権利」を譲渡したものとして措置法三一条の適用を受けるものというべきである。

本件通達は、転用未許可農地の譲渡による譲渡所得についても、措置法三一条、三二条の適用がある譲渡所得に該当するとするものであるが、これは右解釈と軌を同じくするものである。

被告は、本件事案が本件通達の発せられた以前に生じたものであるから、これが適用される余地はないと主張するが、通達は、上級行政庁の下級行政庁への命令であり、国民に対して拘束力をもつ法規ではなく、裁判所もこれに拘束されるものではないから、本件通達が発せられた後の事案についてのみこれに従つて解釈し、それ以前の事案についてはこれに従つた解釈をすべきでないとする根拠はなくこの点に関する被告の主張も理由がない。

4  措置法三四条の二の適用の有無

前掲甲第八号証、証人小西恒夫の証言によると、本件離作料は、本件農地を京都市開発公社に売却した代金から、栄らによつて原告に支払われたものであり、京都市土地開発公社においても、原告の本件耕作権を栄らにおいて処理することを了解して全額栄らに支払つたものであることが認められる。

また、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によると、栄らは本件農地の売却によつて得た所得につき、本件離作料を費用として控除して申告し措置法三四条の二の適用を受けたことが認められるが、このように本件離作料が栄らにとつて費用と認められる以上原告においてもその受領した本件離作料につき措置法上の特典を与えるのが公平である。

よつて、本件離作料は特定住宅地造成事業等のために買い取られる場合に該り、措置法三四条の二の適用を受けるものといわなければならない。

5  以上によれば、本件離作料は措置法三一条、三四条の二の適用を受けるべきところ、この適用を受けるものとしてなした原告の修正申告に対し、適用なしとしてなした本件処分は違法であり、取り消されるべきである。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田坂友男 東畑良雄 森高重久)

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